代表理事長   新井 恭子                (防災コミュニケーション研究者)

 東日本大震災発生時、大きな津波が来るという情報が住民の方たちにうまく伝わらず、多くの命が奪われたという新聞記事を読みました。これほどのハイテクを誇る日本で、なぜ情報が効果的に伝わらなかったのだろうかと、不思議で残念な思いがしました。

 10年以上、言語学の分野で「人間のコミュニケーション」を研究してきた私は、この問題の原因を言語学の視点から突き止めようと、東日本大震災発生時の録画や録音から音声を聞き取り、分析研究を始めました。そして、分かったことは、情報を出す側のほとんどが、情報を聞く側の立場に立って情報伝達していなかったということでした。

  例えば、目前に津波が襲ってきているにも関わらず、防災行政無線で津波警報を伝えた放送では、難しい専門用語が使われていたり、丁寧すぎる表現が使われていたりしました。つまり、聞き手が誰で、どのような状況下にあり、どのような情報が必要なのか、などへの配慮が欠けていたことが分かりました。もちろん、想定外の大津波でしたので、地方自治体の消防・防災課、消防署でも大混乱が起きていたことは簡単に想像がつきますし、情報を伝えようとして命を失った方もたくさんいました。

  2度と災害情報伝達問題で、このような犠牲者が出ないように、気象・地震・津波の理系の研究だけでなく、心理学や社会学の研究、さらに、言語学の研究も加え、総合的に防災コミュニケーション研究をすべきだと思いました。私の呼びかけに、気象・地震・津波の研究者の方々をはじめ、マスメディアで実際に情報を発信している方たち、そして、多くの言語学研究者の方々、遠くはロシアやアイルランドの言語学研究者の方からも賛同を得て、この研究会が発足しました。

  大津波警報が出たとき、日頃とは違う「緊急避難命令!」「避難せよ!」と放送し、1人も犠牲者がなかったという茨城県大洗町の古川消防長は、「いざ災害が発生してしまったら,大勢の人を避難させるのには,もう『ことば』しか残っていない」とおっしゃったそうです。どんなに高度な技術を使っても、伝えるのは人間の「ことば」です。この研究会で少しでも伝わりやすい表現と伝達方法を見つけることができればと望んでいます。